植民地、戦争、米軍統治、激動の時代を強かに生き延びた彼女は、人生の最期に何を夢見るのか。映画『緑の牢獄』劇場公開決定!

沖縄・台湾の間で揺らぎ続けた一人の女性。 彼女の88歳から92歳までの人生最期の軌跡を描いた『緑の牢獄』が今春公開決定。

――河瀬直美(映画監督)

何もない空間に、 確かにある気配を映し撮る撮影者の息遣い。 それは、 過去や未来の時空を超えて、 永遠となる。 老婆の顔に染み付いたシミの跡は、 人生の軌跡。

――野嶋剛(ジャーナリスト)

日本と台湾の中間地帯であり、 炭鉱のある西表島で人生の大半を送った台湾出身者、 橋間良子さん。 流暢な台湾語と、 少しどたどしい沖縄なまりの日本語。 彼女の言葉は、 その間をゆらゆらと行き来する。 その不自然さこそ、 西表島に取り残された「最後の台湾人」の存在を物語っている。 故郷を失い、 「緑の牢獄」の囚われ人になった彼女の運命は、 幸福や不幸といった言葉では簡単に片付けられない。 時代の流れに巻き込まれた漂流者の姿に私たち観客は視線を釘付けにされるはずだ。

橋間良子、 90歳。 本作の主人公は緑豊かなジャングルに覆われた沖縄県西表島に暮らしている。 彼女は植民地時代の台湾から養父とともに島へやって来て、 人生のほとんどをこの島で過ごした。 子どもたちはみな島を離れ、 家の一室は島に流れ着いたアメリカ人の青年に貸し与えている。 彼女は不器用ながらも集落の人々や島を訪れた人とコミュニケーションを取る。 外に出ない日はずっとテレビを見て、 うたた寝をする。 ここまではありふれた離島の老人の日常かもしれない。

本作ではさらに彼女の記憶へと焦点を合わせる。 西表島には人知れず眠る巨大な「炭鉱」があった。 半世紀以上放置された炭鉱は今ではイノシシやコウモリの住処と化している。 暴力、 伝染病、 麻薬、 かつて繁栄とともに渦巻いた負の歴史も地の底に沈んでしまった。 良子の養父は炭鉱の親方で、 労働者の斡旋や管理をしていた。 貧しくはない家庭であったが、 彼女はいまもなお炭鉱に後ろめたさを抱いている。 忘れられない記憶たちが彼女の脳裏を過ぎていくーー島を出て音信不通となった子ども、 炭鉱の暗い過去、 父への問いかけ。 希望、 怒り、 不安、 そして後悔、 その思いとともになぜ彼女はただ一人、 島に残り続けるのか。 現在の映像に加えて、 歴史アーカイブ、 そして再現ドラマを交えて一つの家族の歴史を描き出す。

本作は沖縄を拠点に活動する黄インイク監督が七年間の歳月を費やした渾身の一作。 企画段階で既にベルリン国際映画祭、 ニヨン国際ドキュメンタリー映画祭など各国映画祭の企画部門に入選。 前作『海の彼方』に続き、 台湾から八重山諸島に渡った“越境者”たちとその現在を独自の視点から描きだす。

「私は大きな歴史の中に埋もれる個人的な歴史に焦点を当ててきました。 沖縄がもつ特殊な近代史を遡ると、 彼女がこの帝国と植民地の辺境で経験したトラウマや、 常に日本と台湾で“移民”や“部外者”として生きた傷跡が感情的に絡み合い、 そのほどけない結び目と本作では向き合ってきました」と監督の黄インイクは語る。 彼女が人生最期に放つ静かな輝きが、 見る者に人生の意味を問いかける。

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