「過去」にならない

 そのとき台所にいた高齢の女性は、ぐらぐらと揺れる食器棚を反射的に押さえた。やがて「もう無理だ」と手を離したら、目の前で食器棚が倒れたという。「恐怖の一夜」の証言の一つだが、命の危険を感じたに違いない▲福島県、宮城県で震度6強を観測した地震は、東日本大震災の余震とされる。10年前の本震よりも、場所によっては強い揺れが感じられ、家具が倒れるなどの被害も大きかったという▲夜中にいきなり大きく揺れ、停電で真っ暗になった所も多い。人々の恐怖もまた、大震災の時と同じか、それ以上だったかもしれない▲あの大震災が「過去」にならないことを、ひしひしと感じる。広い範囲で断水、停電があり、新幹線は止まり、土砂が崩れた。被害を伝える写真や映像が、いつか見た様子と二重写しになる▲大震災を教訓に、同じことを繰り返さなかった例もある。断水した地域に給水車が来たのに、その情報が住民に届かないという問題が災害時には起きやすい。宮城県で断水した地域では今回はその問題がなく、住民がすぐに給水所に集まったという▲情報をさっと住民に行き渡らせる。住民も日頃から備えておく。被災地ではきのう雨が強まり、心配が絶えない。心を寄り添わせつつ、情報と備えはどうか、私たちもいま一度わきまえたい。(徹)

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