第26回「吉幾三の村に必要なものは『バー』である」

煩悩放出 〜せきしろの考えたこと〜

吉幾三のヒット曲に『俺ら東京さ行ぐだ』がある。

皆さんご存知だと思うが、何もない村が嫌になり東京に行くことを決めるという内容の曲だ。

この曲出てくる村に「あるもの」と「ないもの」をまとめたのが表1である。

表1

○があるもので、×がないものである。

圧倒的にないものが多いことがわかるだろう。

そんな村に最も必要なものは何なのかを考えてみる。

たとえばなにかひとつ増やすのならば何を増やすのが良いのか?

電話か? 映画か? 信号か?

いや、どれでもない。増やすべきは断然「バー」なのだ。

バーがなくても生活に支障がなさそうに思えるだろう。

しかしバーこそが他の×を〇にするのだ。

次の表2を見てもらいたい。

表2

青い部分がバーから派生して誕生するものである。

まず、バーができれば自然と『集い』が生まれる。

その『集い』は、やがてバーに『ピアノ』と『ギター』を置くことになる。

また夜はバーであるが、昼の営業形態を替えれば『喫茶』となり、自然と喫茶店に必要な『新聞』と『雑誌が置かれる。

このようにバーの存在が新たに6つのものを村に誕生させることになるだ。

しかもこれだけではない。

表3を見てもらいたい。

表3

この表からわかるように、この村にはもともと自動車がある。

ということは、

『テレビ』 → カーナビで見れる

『ラジオ』 → 車で聴ける

『ステレオ』 → カーステを使える

ということになり、これらを使用してバーに『ディスコ』要素を追加することができる。

また、車を使っての発電によって『電気』を生み出し、レーザーディスクカラオケを起動させれば『レーザーディスク』と『カラオケをかける機械』も村に誕生させることになる。

よって表4のようになる。

表4

いかがであろうか、バーの誕生がこれだけの効果を生むのだ。

やはり、吉幾三の村に必要なものは『バー』なのである。

余談であるが表5を見てもらいたい。

表5

この村にはもともとバスも存在するので、廃車になったバスをバーの店舗にすればコンパクトにまとまりいろいろと便利になりそうである。

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