サッカーがつないだ絆 川崎フロンターレの陸前高田復興支援10年 現地の子が成長し募金活動参加

中村憲剛氏(左)と募金活動に参加した菅野さん(中央)と酒井さん(右)=11日、川崎市高津区

 東日本大震災の被災地、岩手県陸前高田市の復興を支援してきたJ1川崎の取り組みが10年を経て、双方向の新たな交流を生んでいる。震災直後に現地で触れ合った子どもたちが大きく成長し、クラブに恩返ししようと募金活動に参加。サッカーボールを通じて生まれた縁が強い絆として実を結んでいる。

 震災から10年となった11日夜に川崎市内で行われた恒例の街頭募金。昨季で現役引退した中村憲剛氏(40)と並んで支援を呼び掛けたのは、陸前高田市出身の菅野朔太郎さん(21)と酒井涼羽さん(19)だ。

 ともに大学進学を機に上京。菅野さんは美術系大学でスポーツウエアのデザインなどを学び、酒井さんはアスリートを食事面でサポートする管理栄養士を目指して勉強中だ。

 2人の転機は2011年9月、同市立高田小で行われたクラブ主催のサッカー教室だった。津波で壊滅的な被害を受けた直後だったが、「テレビで見ていた選手たちが目の前にいる感動、驚きがあった。これからも頑張ろうという気持ちになった」と菅野さん。酒井さんも「あんな田舎でプロサッカー選手に会えることはめったにない。運命なのかな」と振り返る。

 震災直後に復興支援プロジェクトを立ち上げ、東北での公式戦に合わせて毎年サッカー教室を開催してきた川崎。当初は選手に戸惑いもあり、「自分たちが行っても、という気持ちもあった」と中村氏は打ち明ける。ただ、子どもたちの明るい笑顔に触れて不安は消えた。

 「一緒に楽しくボールを蹴って、それがきっかけで今2人がここにいる。僕らが行かなければ違う夢を持っていたかもしれないし、人生を変えるきっかけをつくった。サッカー選手としての存在意義はあったのかな」と感慨を込める。

 現在クラブのグッズショップでアルバイトをしている菅野さんはチームのユニホームデザインを手掛けることが将来の目標。酒井さんも「フロンターレがきっかけでサッカーが好きになったし、選手やサポーターも温かい人たちばかり。自分もそういう人たちを支えていきたい」。

 10年の交流が確かな実りとなり、中村氏は「(2人は)陸前高田とフロンターレをつなげる存在。これからも夢に向かって頑張ってほしい」とエールを送る。

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