【選抜高校野球】10年前の夢舞台、教え子に重ねた思い 東海大相模、退任間際のコーチ

教え子たちのプレーを見守る東海大相模の宮崎コーチ(左から2人目)=甲子園

 高校野球の第93回選抜大会で、東海大相模(神奈川)が優勝した2011年以来、10年ぶりの決勝進出を果たした。観客席には10年夏の全国準優勝メンバーで、5年間にわたり母校のコーチを務めてきた宮崎大将さん(28)の喜ぶ笑顔があった。今年3月末で退任して同校から離れるため、特別な思いで教え子たちを見守った。

 1点を争う好ゲームとなった準決勝。三塁側アルプス席で戦況を見詰める宮崎さんは「甲子園は勝てば今までの努力が報われる場所。きっと今のあいつらも分かっていますよ」と、心を一つに戦った。

 指導者を志した原点は11年前の夏。全国選手権決勝で敗れた後の夜、当時40歳の門馬敬治監督は宮崎さんを宿舎の部屋に呼び、ベンチで着けていた自身の監督証を手渡した。「それがうれしくて」と懐かしむ宮崎さんの自宅の部屋には、今も監督証が飾られている。

 恩師と同じ社会科教諭を目指し、東海大卒業後は平塚市内の中学校に勤務。16年春から東海大相模の非常勤講師となり、野球部コーチとして研さんを積んだ。

 「選手の生活が一番大事」との門馬監督の方針で、宮崎さんも寮で選手たちと衣食住を共に。「選手と一緒に成長していくつもり」で白球を追い掛けてきた。

 高校時代は陽気で熱血肌のムードメーカー。指導者の資質に欠かせない自分の考えを的確に表現できる少年だった。今は頼れる兄貴分。肩の弱い選手に代わり打撃投手を務め、300球以上投げたこともあった。

 今年4月1日からはアレセイア湘南高(茅ケ崎市)の社会科講師として働き、野球部の指導にも携わる予定という。準決勝後にチームに別れを告げ、神奈川に戻った。後ろ髪を引かれる思いだが、「遠くても心は一つ。アグレッシブに戦ってほしい」とエールを送る。

 「(指導者の)理想は門馬監督だけれど、いつか違う方法で進まなければならない時が来る。そこに自分らしさを付け加えたい」と宮崎さん。この春、新たな挑戦に歩みだす。夢は自ら指揮するチームで門馬監督と対戦することだ。

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