元阪神・的場氏と元ロッテ・内氏が育成現場に新風「野球指導は一方通行が多い」

記者会見に集結した「BU」メンバー(左から鈴木貴人氏、内竜也氏、豊田浩之氏、的場寛一氏、菊谷崇氏)【写真:荒川祐史】

5月開校「Bring Upベースボールアカデミー戸田校」で小学生をコーチ

2021年5月、野球界に新たな風が吹きこむ。元阪神の的場寛一氏と元ロッテの内竜也氏がコーチを務める野球アカデミー「Bring Upベースボールアカデミー戸田校」が開校することになった。5日、埼玉県内で行われた記者会見に揃って出席。ともにドラフト1位でプロ野球界入りした2人が描く育成ビジョンについて明かした。

阪神で6年プレーした後、社会人のトヨタ自動車では確かな打撃で活躍した的場氏。一方、今年1月に引退宣言するまでロッテ一筋17年の現役生活を送った右腕の内氏。現役時代に接点はなかったが、野球界の未来を想う熱い気持ちが引退後、2人を「Bring Up Athletic Society」(BU)で引き寄せた。

「BU」とは、元ラグビー日本代表の箕内拓郎氏、小野澤宏時氏、菊谷崇氏と、元アイスホッケー日本代表監督の鈴木貴人氏が主宰するマルチスポーツアカデミー。スポーツを通じたコミュニケーション能力や問題解決能力の育成を図り、競技の枠を超えて選手はもちろん、コーチも成長し続けることを目指す団体だ。2018年の発足当初からあるラグビー、アイスホッケーに続き、2020年にはランニングパフォーマンス(陸上)とベースボールが加入。そして今回、ベースボールアカデミーとしては2校目となる戸田校で、的場氏と内氏がコーチを務めることになった。

現役時代から指導者への道を考えていたという内氏は「野球は指導者から選手へ一方通行に教える形が多い。今もまだそうやっているスクールやアカデミーが多いと聞き『それで子どもは楽しいのかな』と思っていました」と話す。自身は現役時代、故障が重なり手術も多かったが「ずっと野球が楽しかったです。僕は言われたことをやるのではなく、自分から考えてやっていた側。言われたことをやっていれば上手くなるわけじゃないですから」と振り返る。

現役時代は阪神、トヨタ自動車で活躍した的場氏(左)とロッテ一筋17年の現役生活を終え、指導者として歩み出した内氏【写真:荒川祐史】

「BUベースボールアカデミー戸田校」で的場氏が打撃や守備、内氏が投球の指導を担当

的場氏も子どもの頃は「(練習を)やらされるとか、怒鳴られるとか、指導者の気分で怒られるとか。ずっとそれを疑問に思っていました」という。自身はある日、練習途中で「走ってこい!」と怒鳴られ、そのまま家に帰ってしまった気骨の持ち主だ。だが中には、言われるがままに投げ続けて肩肘を壊したり、理不尽さに耐えられず野球を離れたりする友人もいた。自身も目指した甲子園だが、大人になってから見ると「子どもにとって、選手にとって、本当にいいことなのか」と疑問を抱くこともあった。「僕らが球界の課題を解決することはできないと思いますけど、発信しながら意識付けを広めていけたらと思います」と話す。

小学生と中学生を対象とする「BUベースボールアカデミー戸田校」では、的場氏が打撃や守備、内氏が投球の指導を担当するが、スキル指導以上に対人間力アップを狙う。また、体の成長に即した無理のない体の動きを目指すため、ストレングス・コンディショニング(S&C)コーチとして専門的な知識を持つ鈴木進介氏と寺中雄希氏が参加するほか、自習室も設けられ、文武両道をサポートする環境を提供する予定だ。

マルチスポーツアカデミーでもある「BU」の特徴を生かし、子どもたちには野球に限らず、いろいろな競技や動きを体験させる予定だ。中学時代は2年間、バスケットボール部に所属していたという内氏は「野球だけをやり続けるのではなく、いろいろなスポーツをやってみるのはいいこと。経験して、その上で野球を選んでくれたらうれしい」と想いを語る。的場氏は「小さい頃からいろいろな動きをさせた方が怪我の発症率が下がるという研究がある」と指摘。S&Cコーチの寺中氏も「いろいろな競技をすることで、野球に関連付けられる動作を学ぶことができる」と、他競技へのチャレンジも積極的にサポートするつもりだ。

アカデミーの鍵となるのは子どもたちの笑顔だが、その過程では何かに対して真剣に取り組む楽しさを伝えていきたい。的場氏は「ゲーム性を持たせた練習の中で勝って喜んで、負けて悔しがって、そして次にどう対応するかを考える。僕らも失敗と成功を繰り返して競技力を伸ばしてきたと思うので」と説明。たとえ失敗しても「挑戦したことを褒めて、次もまたトライしようという気持ちに繋げる。次に繋がる環境を作ってあげたい」とビジョンを語った。

「BUラグビーアカデミー」に体験入門した内氏「衝撃を受けました」

コーチ就任にあたり、2人は東京都内で活動する「BUラグビーアカデミー」に体験入門。子どもたちにスキルそのものを教えるのではなく、主となるのはミニゲームなどの合間に行われるチームトークだ。なぜ上手くできなかったのか、どうしたら上手くできるのか、各チームで子どもたちが主体的に話し合い、コーチは話が脱線したり行き詰まったりした時のナビゲート役に徹する。小学生に混じって実際のクラスを体感した2人は、両者に大きな気付きを得たという。

内「僕は全くラグビーのルールを知らないままクラスに臨んだんですけど、子どもたちに教えてもらいながらやって、すごく楽しかったです。練習中は子どもたちが発言する機会が多くて、僕に教えてくれたのも全部子どもたち。野球のスクールや教室では子どもたちは教えられたことをやっているだけなことが多いので、これはすごいな、と。このままだと、ラグビーをやっている子と野球をやっている子では、真逆に育つんじゃないかとも思ったので、ぜひこういった育成の形は野球でも採り入れたいですね。衝撃を受けました」

的場「僕は小学3、4年生に混じって、真剣に練習しました。競争とか真剣になりすぎて、子どもに『大人なのにガチじゃん』って注意されました(笑)。でも、本当に楽しかったです。チームトークを重ねる中で、いつのまにか対人間能力が身につくんだと実感しました。野球は指導者から選手への一方通行が多いので、その方向に移っていかないといけないと想いましたね」

この先の未来でも野球が子どもたちから愛されるスポーツであってほしい。そのためには野球界には変化が必要だし、変化できる可能性がある。そう信じる2人がコーチを務める「BUベースボールアカデミー戸田校」。5月10日の本格始動を前に、4月26、27日、5月3、4日には体験会が開催される予定だ。まずは戸田から発信し、野球界に新風を吹き込みたい。(佐藤直子 / Naoko Sato)

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