鬼ごっこは終わるか

 心に残る俵万智さんの一首が、きのうの文化面にある。〈知らぬ間に鬼かもしれぬ鬼ごっこ東京の人と宮崎で会う〉。人と接するとき、ついつい疑心暗鬼になる。この場面を「鬼ごっこ」と言い表している▲俵さんは昨年の紙面にも、コロナ禍での人との関わりを「鬼ごっこ」とする一文を寄せている。宮崎市に住む俵さんの元へ、打ち合わせで東京から人が来るらしい。相手と距離を置き、窓を開けるが〈なんとなく鬼あつかいしているような気まずさが生まれる〉という▲東京の人と会ったことを周りに話すと、緊張が走るときもある。〈感染者の多い地域の人と接したという意味で、この場合は私が鬼なのだ〉▲週明けに長崎市で高齢の人へのワクチン接種が始まる。医療に関わる人を除けば県内で初めてとなり、1年余りの鬼ごっこがおしまいへと向かえばいい▲そう願っているが、全国を見渡せば感染が急拡大する所もあり、変異株も広がっている。県境をまたぐ往来には慎重さが求められ、期待と不安が同時に膨らむ▲俵さんは〈どのように心の距離を近づけてゆくかを考える。それが自分のスタンスだ〉と一文を締めくくる。逃げる人の肩をポンとたたく鬼ごっこよりも、肩にそっと手を置くような励ましを。心の距離を近づける営みはこんな時でも忘れまい。(徹)

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