渦巻銀河の多様性。ハッブル宇宙望遠鏡が撮影してきた36個の銀河たち

【▲ ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した36個の銀河(Credit: NASA, ESA, Adam G. Riess (STScI, JHU) )】

こちらは「ハッブル」宇宙望遠鏡を使って2003年から2021年にかけて取得された、36個の渦巻銀河や棒渦巻銀河の画像を集めたものです。明瞭な渦巻腕(渦状腕)を持つもの、中心の棒状構造が際立っているもの、2つの銀河が重力相互作用をしているものなど、多様な銀河が捉えられています。

このように姿は様々ですが、36個の銀河にはある共通点があります。欧州宇宙機関(ESA)によると、これらの銀河では「セファイド(ケフェイド)変光星」が見つかっていることに加えて、過去40年以内に「Ia型超新星」が少なくとも1回観測されているといいます。

セファイドは変光星の一種で、変光の周期が長いほど本来の明るさ(絶対等級)が明るい「周期光度関係」が成り立つことで知られています。いっぽう、Ia型超新星は白色矮星と恒星からなる連星系などで起きる超新星爆発の一種で、本来の明るさがほぼ一定とされています。本来の明るさと観測された見かけの明るさをもとに地球からの距離を測定できることから、セファイド変光星とIa型超新星は銀河までの距離を知るための「ものさし」として用いられています(このような天体は「標準光源」と呼ばれています)。

宇宙の「ものさし」として比べてみると、セファイド変光星は比較的近い銀河までの距離しか測れないかわりに精度は高く、Ia型超新星は比較的遠い銀河までの距離を測れるかわりに精度は落ちるという特徴があります。天文学者たちは遠くの銀河までの距離をより正確に求めるために、セファイド変光星とIa型超新星を組み合わせて利用しています。このように複数の手法を組み合わせて宇宙の距離を測る方法は、幾つもの「はしご」をつなぎ合わせて高い場所へ登る様子にたとえて「宇宙の距離はしご」と呼ばれています。

セファイド変光星とIa型超新星がどちらも観測された36個の銀河は、宇宙の距離はしごにとって特別な銀河と言えます。遠距離の測定が得意なIa型超新星の「ものさし」としての精度を、同じ銀河にあるセファイド変光星を利用して高めることができるのです。36個の銀河は、宇宙の距離はしごを作り上げている2本の「はしご」を結びつけて、遠方銀河の距離測定を支える重要な役割を果たしているわけです。

【▲ ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した渦巻銀河「NGC 5643」(Credit: ESA/Hubble & NASA, A. Riess et al.)】

■より高精度な「ハッブル定数」がハッブル宇宙望遠鏡の観測データから算出された

ハッブル宇宙望遠鏡を使って実施された合計1000時間以上の観測で得られたデータをもとに、天文学者たちは現在の宇宙の膨張率を示す「ハッブル定数(H)」の精度を30年近くに渡って高め続けてきました。2011年にノーベル物理学賞を受賞したジョンズ・ホプキンス大学のアダム・リース(Adam Riess)さんが率いる研究グループ「SH0ES(※)」による最新の研究成果では、過去40年以内にハッブル宇宙望遠鏡が観測したすべての超新星のデータを利用した結果、ハッブル定数は「73.04±1.04 km/s/Mpc」と算出されています。

※…「Supernova, H0, for the Equation of State of Dark Energy」の略

ハッブル定数は算出する方法によってその値が異なっていて、セファイド変光星やIa型超新星といった現在の宇宙における観測データをもとに算出した値のほうが大きく、初期の宇宙に由来する宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の観測データと標準宇宙モデルを組み合わせて算出された値のほうが小さい(67.5±0.5 km/s/Mpc)ことが知られています。

アメリカ航空宇宙局(NASA)やESAによると、研究グループが算出したハッブル定数は標準宇宙モデルで予測された値と大きく異なっており、ハッブルの豊富な観測データを考慮すれば誤りである可能性はほとんどないといいます。研究を率いたリースさんは、算出されたハッブル定数が間違っている確率は100万分の1であり、物理学において問題を真剣に受け止めるためのしきい値を下回ると指摘しています。NASAによれば、局所宇宙(近傍宇宙)と初期の宇宙からそれぞれ算出されたハッブル定数が異なる理由はまだ謎であり、宇宙の新たな物理に導く扉が開かれる可能性もあるとのことです。

【▲ ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した棒渦巻銀河「NGC 2525」。左端には超新星「SN 2018gv」が輝いている(Credit: ESA/Hubble & NASA, A. Riess and the SH0ES team)】

Source

  • Image Credit: NASA, ESA, Adam G. Riess (STScI, JHU)
  • NASA/STScI \- Hubble Reaches New Milestone in Mystery of Universe's Expansion Rate
  • ESA/Hubble \- A Dazzling Hubble Collection of Supernova Host Galaxies
  • Riess et al. \- A Comprehensive Measurement of the Local Value of the Hubble Constant with 1 km/s/Mpc Uncertainty from the Hubble Space Telescope and the SH0ES Team (arXiv)

文/松村武宏

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