世界で唯一すべての国民がインターネットで投票できるエストニアの投票環境とは? (原口和徳)

4月に統一地方選挙がありますが、その投票率は下落が続いています。

明るい選挙推進協会によれば、過去20年間で統一地方選挙における都道府県議会議員選挙の投票率は12.7%、市区町村議会議員選挙の投票率は15.2%減少しています。

投票率を改善するための方法として、取り上げられることが多いのがインターネットを通じて投票できる制度(ネット投票)です。ネット投票を実現する際のインフラとして想定されるマイナンバーカードの申請数も2月5日時点で8,500万枚を超えるなど、実現に向けたハードルが低くなりつつあります。一方で、ネット投票はイメージが先行し、過度の期待を寄せられている懸念もあります。

ネット投票で実現できること/できないことを知るために、世界で唯一すべての国民がネット投票を行えるエストニアの投票環境を確認してみましょう。

デジタル技術を活用し、全国どこの期日前投票所からでも投票できる環境を実現

2021年の法改正によりエストニアの投票環境は大きく変わりました。投票可能な期間が10日間から7日間へと短縮される一方で、投票の利便性を向上するための取り組みが複数導入されています。

図表1_エストニアの投票スケジュール

例えば、投票所での投票は、月曜日から木曜日までは全国どこの期日前投票所からでも投票可能になりました。また、金曜日から日曜日までは選挙区(エストニアの国政選挙では12の選挙区が設けられます)内であればどこの投票所からでも投票することができます。

また、投票所も増設されています。2021年の地方選挙において首都タリンでは直前の国政選挙よりも11カ所多い96か所の投票所が設置されました。追加される投票所の多くは、新型コロナウィルスへの対応として、有権者がより自宅に近い場所や他の活動と一緒に投票できるようにするために、ショッピングモールや大型施設の駐車場などの屋外に設置されました。

エストニアでどの投票所からでも投票できるようになったことの背景には「有権者リストの電子化」があります。ネット投票以外にもデジタル技術によって投票環境を改善するために参考にできることがありそうです。

インターネット投票は期日前投票として利用可能

ネット投票は期日前投票の一手段に位置付けられます。そのため、ネット投票は月曜日から土曜日までは行えますが、投票日(日曜日)には行えません。

なお、ネット投票では複数回投票することが可能です。複数回の投票が行われた場合は、最後に行った投票内容が有効となります。また、ネット投票後に投票所で投票を行った場合は、ネットでの投票内容は無効になります。

ネット投票のリスクの一つとして、第三者から強制されて意に沿わない投票を強いられる危険性が指摘されますが、エストニアでは複数回投票制度によってそのリスクへの対応を図っています。

インターネット投票によって投票率は向上していないが、利用者数は増加

では、インターネット投票の効果はどの様に現れているのでしょうか。

図表2_エストニアにおける投票率とインターネット投票の利用状況

インターネット投票の利用率は右肩上がりとなっており、2019年の国政選挙では43.8%、2021年の地方選挙では46.6%を記録しています。一方、投票率は国政選挙65%弱、地方選挙50%台で概ね安定しています。

インターネット投票利用者の年齢別内訳も確認してみましょう。

図表3_インターネット投票利用者の年齢別内訳

インターネット投票をもっとも使用しているのは35歳~44歳であり、18歳~24歳の利用者数は65歳~74歳よりも少なくなっています。

若年層の投票率が低いのはエストニアも同様

衆議院憲法審査会では2019年にエストニアの国会議員(与党3党の代表者)と意見交換を行っています。

図表4_インターネット投票に関するエストニア国会議員の受け止め

数字的には投票率は変わっていない。しかし、インターネット投票により、海外に移住している方などは投票できる機会が与えられたと思う。」
キースレル議員(祖国党)

上記発言のように、三氏ともにインターネット投票による投票環境の改善は評価しつつも、投票率を向上させる効果があったとは発言していません。

若年世代、18 歳から 25 歳までの青年の投票率は低い。」
ローネ議員(中央党)

加えて、若年層の投票率がほかの年代よりも低水準にあることも指摘されています。エストニアの事例からは、「インターネット投票が実施されていないから若年層の投票率が低くなっている」との主張をすることも難しくなりそうです。

デジタル先進国エストニアから学びを得て投票環境の改良を

最後に、日本とエストニアの投票環境についても比較しておきましょう。

図表5_エストニアと日本の投票所比較

期日前投票、投票日ともに、対面での投票可能時間は日本の方が長くなっています。また、投票所数についても日本の方が総数および対面積、対人口においてエストニアよりも多くなっています。

一方、日本では原則として投票日には指定された1か所の投票所で投票する必要があります。エストニアのように選挙区内であればどこでも投票できる共通投票所の数は143か所、0.3%にとどまっています。

そもそも、エストニアはネット投票が可能であり、その使用率も高いため、投票所数が少なくなっている可能性も高い状況です。一方で、日本の投票所数等のインフラ面は、国際比較においては投票しにくい国との評価には値しない状況であることも事実です。

国際比較においても、インフラ面では日本はけっして投票しにくい国ではありません。
【関連】衆院選2021 日本は投票しにくいの?他国と比べてみたら

総務省の研究会での検討や実証実験においてネット投票の対象が在外投票に絞られていたように、ネット投票が国内での投票方法の一手段となるかどうかはまだわかりません。一方で、デジタル技術を用いた投票リストの共有による投票場所の拡充は、若年層に見られる住民票問題などの解決策になりえます。

社会のデジタル化や電子政府の先進国であるエストニアに学ぶことで、日本の投票環境がより投票しやすいものへと改良されていくことが期待されます。

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