第3回:被災企業の教訓 リスク意識を高めるもう一つのアプローチ

日頃から重大な災害が起こる可能性を認識しておくことが、被害軽減につながる(写真は2016年の熊本地震の様子)

■「対岸の火事」から「他山の石」へ

前回の最後に、日ごろから「災害を忘れない」「災害に関心を持ち続ける」ための工夫を一つ紹介した。それはディザスター映画のような大災害の残像を脳裏に焼き付けることではなく、もっと身近な目の前の小さな災害リスクに焦点を当てることであった。リスクが潜んでいるかどうかはっきりしないときは、声に出して「ここにリスクはないか?」と自問自答する習慣をつければよいとも述べた。

さて今回は、「災害を忘れない」ためのもう一つのアプローチについて述べてみたい。それは災害を経験した企業の教訓に目を通すことである。一般に「災害の教訓」をテーマとした情報(ルポ、ドキュメント番組、書籍など)は、災害の悲惨さをともすれば情緒的に訴え、ストレートに視聴者や読者の共感を得ることが目的であるだけに、会社組織よりも個人や家族、地域社会に焦点を当てたものがほとんどだ。ビジネスの世界では、他社の災害の教訓などは対岸の火事的な目で見られることが多いのである。

しかし、これからBCPを策定する、あるいは策定したBCPを今後きっちり管理していくという明確な目標を持っている会社にとっては、被災企業の教訓は自社のBCPの考え方に有形・無形のポジティブな影響を与えるだろう。災害リスクに対する感度を磨いておくと同時に、他社が何を体験しどのような手段で災害を生き延びたか、その手がかりを探っておくことはBCPにかかわる者にとって基本中の基本である。

■西日本豪雨で企業が経験したこと

本連載は、災害の教訓事例そのもの、つまり個々の企業が何を経験しどのような手段で災害を生き延びたかを詳述することが目的ではない。そこでざっくりとではあるが、以下ではいくつかのアンケート結果から見えてくる「教訓につながる事実」のみを述べることにする。

まずは水害である。記憶に新しいところで2018年6月末~7月上旬にかけて西日本中心に発生した平成30年7月豪雨について企業への影響を見てみよう。同年7月20日に大阪商工会議所が発表した「西日本豪雨が企業経営に及ぼす影響に関する緊急調査」では、次のような傾向が見て取れる。

企業の6割あまりが豪雨災害での影響を懸念する中、製造業にもさまざまな影響が出た。「高速道路の通行止めによる商品や製品の配送遅れ」「通勤困難な社員の発生」「会社及びグループ会社の会社が断水等により操業停止」「販売店、仕入先に被害」といったことである。

自社への直接・間接の被害や影響については、「物流網の寸断による仕入、納入、配送への支障」が最多の4割超(41.9%)で、サプライチェーンへの影響が生じていることがわかる。「自社やグループ会社の会社、営業所、倉庫の被災」「自社またはグループ会社の従業員が被災」「仕入先の被災による部品、原材料、商品など調達に支障」はいずれも27.9%であった。

一方、この災害に対する企業の対応としては、「出勤可能な従業員の把握、出社要請」、「出勤不可能な従業員への自宅待機命令」が7割弱(69.2%)で最多、その次が「被災した自社またはグループ会社の被害状況の確認及び復旧」(43.1%)と続いている。

■熊本地震から見えてきた「今後やるべきこと」

次にここ数年相次いでいる大地震について。2016年4月の熊本地震と2018年6月の大阪北部地震を参考に、事業への影響と教訓を探ってみよう。被災企業を対象に実施した内閣府「企業の事業継続に関する熊本地震の影響調査報告書」によると、次のような傾向が読み取れる。

一つは、被災地域の企業の第1四半期の売上高について、被害のあった企業の6割以上が対前年比で減少したと答えており、3割近くは20%以上の減少となっていることだ。また、取引のある企業の同期の売上高については、熊本地震による被害ありとした企業の約4割が減少したと答えている。

次にBCPの策定によって有効であった点について聞いたところ、46%の企業が「備蓄品(水、食料、災害用品)の購入」、次いで回答のあった企業のうち3割以上が、災害担当責任者の決定、安否確認や相互連絡のための電子システム、火災・地震保険等への加入、避難訓練の開始・見直しが役に立ったと答えている。

一方、被害を受けた企業に、行いたいがこれまで実施できていなかった取り組みについて聞いたところ、回答した企業の半数近くが「BCPの見直し」や「クロストレーニング」を挙げている。これはBCP策定企業内に、依然としてBCPの方針や手順、対策等について過不足があることをうかがわせる。クロストレーニングとは1 人で複数の業務を処理できる知識やスキルを身に付けるための教育や訓練のことだが、災害では常に、予定していた担当者が業務につけないなどの人員不足の問題が生じることを身を以て体験したわけである。

■BCPに完成形はない

大阪シティ信用金庫が2018年7月24日に発表した「中小企業における大阪北部地震の影響と災害時対策」によると、地震で「操業に支障が生じた」企業は26.3%と4分の1以上の企業が何らかの支障があったと答えている。具体的な影響では「従業員の出社遅れ」(50.7%)、「取引先の支障で営業できなかった」(25.5%)が目立った。交通網の寸断や取引先の受入れ停止などが影響している。

一方、この地震を契機に企業の意識に変化も見られた。例えば、今回の地震発生直後にどういうことを懸念したかと聞いたところ、81.3%の企業が「また大きな地震が発生する」と答えている。また、すでにBCPを策定していた製造業の割合は13.3%(未策定は86.7%)だが、今回の地震で「BCPが役立った」と答えた製造業は53.6%に上る。逆に「あまり役立たなかった」と答えた製造業は20.3%あったが、これはBCPの価値や有用性の有無というよりも、BCPに完成形はなく、常に試行錯誤の中で生かすものであることを示唆している。BCPを策定していない製造業のうち60.1%が「今後自社でBCPを策定したい」と回答していることは注目すべき点だ。

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なお災害を経験した企業の教訓事例については、「リスク対策.com」の中に豊富なコンテンツがアーカイブされているので、ぜひ参考にしてもらいたい。

(了)

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