医師免許を生かしてアルバイトで生活、近年都市部で増加中の「フリーター医師」

ドラマ「ドクターX」の効果もあって、「専門医のライセンスと叩き上げのスキルだけを武器」というフリーランス医師が注目されています。具体的には、「外部市場で売れる確かなスキルがあり、一日単位(あるいは、手術一件単位)で複数の病院と契約して報酬を得る医師」とされ、通訳やピアニストのようなワークスタイルになります。

一方で、俗に「フリーター医師」と呼ばれる医師も東京を中心に増加中です。具体的には、「専門医資格やスキルが必要なく、医師免許があればできるレベルの仕事を、アルバイト的に請け負う医師」とされ、「健康診断」「予防接種」「寝当直(急病人のほとんど発生しない病院での管理当直)」などで稼ぐことになります。「ゆるふわ女医」の独身バージョンでしょうか。

今回は、近年増加中のフリーター医師のお財布事情と人生を覗いてみたいと思います。

※本稿は特定の個人ではなく、筆者の周囲の医師への聞き取りをもとにしたモデルケースです。


立川亜由美先生(仮名):28才、美容皮膚科医、独身、渋谷区のマンションで一人暮らし

【平均的な月収】
美容皮膚科外来 30~40万円
血液クレンジング外来 20~30万円
アンチエイジング点滴外来 10万円
医師国家試験予備校講師 30万円

【支出】
・住居費:10万円
・食費 :20万円
・服飾雑貨費:10万円
・趣味費:10万円(別に海外旅行、年3回×50~100万円)
・交通費:2万円
・学会書籍費:2~10万円

【資産】
自宅:賃貸
車:なし
預貯金:約20万円

地方医大のキャンパスライフ

亜由美先生は埼玉県の出身で、お父様は地方銀行にお勤めです。埼玉県の公立進学高に進学し、漠然と「東京の名門大で華やかなキャンパスライフ」と考えていましたが、融資担当のお父様が「医者はこんなに儲かる」話をしょっちゅうするので、医学部を目指すようになりました。

得意の英語や生物の配点が大きい国立医大、ということで北陸地方のG医大に進学しました。医大近くの学生向けアパートで、独り暮らしが始まりました。宴会はチェーン店か宅飲み、狭い医学部内の閉鎖的な人間関係。女子医大生には合コンはなく、割のよいバイトは塾講師ぐらい、休日はイオンモール……という地方都市の環境は、亜由美先生が期待していたキャンパスライフには程遠いものでした。G県出身の男子医学生に、お気に入りのヴァンクリーフ&アーペルのペンダントを「プラスチックの花」と揶揄されたのをきっかけに、「卒業したら東京の病院に就職する!」と決意を固めました。

東京で運命の出会い

卒業後は渋谷区の総合病院に研修医として就職しました。「都心部にあって、残業が少ない」ことを基準に選んだ病院でしたが、男性医師のほとんどが既婚者だったのは想定外でした。それでも、東京都内の私立H医大から毎週木曜日にやってくるバツイチ整形外科医の千田先生と懇意になりました。

亜由美先生、実はG医大時代に同級生の彼氏がいました。しかしながら、彼氏は地域枠医学生で、卒後9年間はG県内での勤務が義務付けられます。「遠距離恋愛で彼氏をキープしつつ、東京で新しい出会いも探す」という作戦でしたが、ブランドに詳しくスマートな千田先生に夢中になり、やがてG県の彼氏はフェードアウトしました。

夢は、ゆるふわママ皮膚科だったけど……

千田先生は毎週のように亜由美先生のマンションに泊まるようになり、誕生日にはヴァンクリの指輪をプレゼントされました。亜由美先生は結婚出産後を視野に入れて、3年目以降の専門研修病院は、「子育て支援制度が整った東京都内の皮膚科」を探すことにしました。

最初はH医大皮膚科を考えたけど、千田先生に「ウチは内部受験生で枠が埋まった」と言われて、定員枠の多いD医大皮膚科から内定をもらいました。とはいえ、「H医大皮膚科の二次募集ないかな」とH医大関係者のSNSを巡回していると、「千田先生、次男誕生おめでとうございます」の衝撃的なメッセージが。

さらに検索すると、千田先生には妻子があり、妊娠中の奥様は上のお子さんを連れて静岡県の実家に長期滞在しているようです。慌てて千田先生を問い詰めると、「同姓の別の先生」「実は、離婚寸前で別居中」「単身赴任って言ったのにバツイチと勘違いした」と、コロコロ説明が変わります。

傷心の亜由美先生は、G県のモトカレに連絡を取ろうとSNSを検索しますが、飛び込んできたのは「G県地域枠の後輩女医と婚約」というメッセージでした。

地方出向を言い渡されて

2018年に始まった新専門医制度は、同時に「地方や外科の医師不足を是正する」という目的で、「都市部(特に東京)の眼科・皮膚科」の専攻医数を厳しく制限するようになりました。定員枠の多いD医大皮膚科も、削減と他県への移動を厚労省から強く要請されました。

一次締め切りの3日前、D医大皮膚科の教授から亜由美先生に「1年目はG県の関連病院に出向させる」旨のメールが届きました。「住み慣れたG県だから」と電話で説明されたのですが、「先輩女医が妊娠したので代わりに派遣したい」というのが本音のようでした。「子育て支援」病院とは、「独身者が子持ち同僚を無償支援する」病院でもある、と思い知らされた亜由美先生でした。

国家試験予備校講師+フリーター医師への道

亜由美先生は、初期研修のあいまに国家試験予備校講師のアルバイトも行っていました。予備校長に事情を説明すると、「じゃあ、ウチの専任講師になればいい。週3回働いて、あとは好きにバイトでも婚活でもすればいいよ」とオファーされ、受諾しました。予備校の給料は高くはありませんが、勤務時間が決まっているのが魅力です。オフシーズンには長期休暇が取れるので、長期の海外旅行も可能となり、それを励みにバイトや貯金を頑張るようになりました。

「皮膚科に興味があるなら」と予備校長はF美容外科を紹介してくれたので、ケミカルピーリングやレーザー脱毛を担当しています。最近はヴァンクリのみならずブルガリのアクセサリー収集にもハマっているので、血液クレンジングやアンチエイジング点滴のクリニックでもバイトを始めました。

地方や外科に人は集まるか?

かつて、英国のサッチャー首相は「金持ちを貧乏にしても、貧乏人は金持ちにならない」と述べました。同様に、「東京の皮膚科を強制的に減らしても、地方や外科の魅力が高まらない限り人は廻らない」のです。都内の希望専攻科に進めなかった若手医師の多くは地方や多忙科には廻らず、フリーター医師として都内に残留するケースが増えています。

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