定期点検、安全指針なし 観光活用 危機管理に甘さ 諫早・轟峡遊歩道崩落

遊歩道崩落から1カ月近く経過した後も立ち入り禁止の規制線が張られた現場近く=諫早市高来町、轟峡

 長崎県諫早市高来町の轟峡で母子2人が犠牲となった遊歩道崩落事故から25日で1カ月。複数の関係者によると、一帯の安全管理に関する市の統一的な指針や定期点検、気象状況などに応じて立ち入りを制限する規定はなく、「異常があれば、担当部署が対応する」状況だった。観光活用を推進する一方、部局を横断した防災体制を取れていない危機管理の甘さが浮かび上がる。

 縦約20メートル、幅約10メートルにわたって遊歩道を含むのり面が崩落した。長崎市の家族5人のうち、母子3人が巻き込まれ、母親=当時(40)=と次女=当時(8)が死亡、長女は重傷を負った。前方を歩いていた父子は無事だった。
 遊歩道は、轟峡中腹の観光案内所そばの県道から約40メートル下の轟の滝を結ぶ。旧北高高来町が1992~93年、古くから使われていた道に石張りの階段や手すりを設置。96~97年、コンクリート張りの階段(延長134メートル、幅約2.5メートル)を整備した。
 2005年の合併後、市が轟峡一帯を所有、管理。年間4万人近くが訪れる観光地であることから、商工振興部が所管。外郭団体の諫早観光物産コンベンション協会に遊歩道やトイレの清掃を委託。山林全体を管理する農林水産部のほか、建設部など複数の部署が関わる。各部署の担当者は「合併をはさみ、整備経過など不明な点があり、古い資料を探し、調べている」と言う。
 一方、一帯の用途や管理方法、安全対策などを定めた市の条例、規定は見当たらない。部署を横断した定期的な危険箇所点検や来訪者向けの安全指針マニュアルもない。落石などの異状があったら、担当部署がその都度、対応していた。
 7月6日の大雨後。地元住民の一人は轟峡上流部の異変を察知し、こう話していた。「大量の泥水が(轟峡を流れる)境川の下流部まで流れていたのは過去に見たことがない。山間部で山崩れが多数、起きているに違いない」
 住民が言う通り、山間部の林道、市道で崖崩れなどが相次ぎ、通行止めが続く。轟峡に近い黒新田観測所では7月1~25日、例年の2倍を超す累計1175ミリの雨量を観測。大雨後、轟の滝近くの橋が壊れ、市は橋の通行を禁じたが、遊歩道の異常は見当たらず、通行止めにしなかった。
 年間100万人超が訪れる宮崎県高千穂町の高千穂峡は、川や遊歩道から滝や峡谷を一望できる。同町によると、明文化した安全マニュアルはないが、定期的な巡回や点検を実施。落石や倒木の恐れが分かれば、専門業者が石や木を除去。増水が予想される天候時は、事前に遊歩道を通行止めし、ライブカメラで周辺の異変に目を配っている。
 同町企画観光課は「一番、気を付けているのが安全。観光地のイメージダウンにもつながるため、気象状況の把握や定期的な点検を通して、事前に安全確認を徹底している」と話す。
 「対岸の火事と思っているのではないか」-。市が崖崩れを報告した21日の市議会全員協議会で、議員がいらだった様子でつぶやいた。別の議員は「再三、危機管理専門部署の設置を求めてきたが、市はどこ吹く風。今こそ、その役割が求められている」と早急な態勢強化を求める。
 宮本明雄市長は「予見できなかったのは非常に残念。再発防止へ原因を究明する」とし、専門家を交えた調査と再発防止策を検討する方針。山間部の観光地で土砂災害を予見する精度をどう高めるか。安全管理に課題を残している。

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