データを活用できるのは一流選手だけ? 動作解析の第一人者が警鐘を鳴らす使い方は…

筑波大学体育専門学群・川村卓准教授【写真:佐藤直子】

動作解析の第一人者が目指す「実際の現場で役に立つ研究」

近年、積極的にデータを活用する科学的アプローチが用いられている野球界。ピッチャーが投げたボールの軌道や回転数、変化量、あるいはバッターが放った打球の飛距離や発射角などが測定できる「トラックマン」や「ラプソード」といった最新機器は、いまやプロの世界ばかりか大学や高校などアマチュア界でも多く用いられるようになっている。

データを用いて野球を物理学的視点から読み解くことは、これまで主に選手や指導者の“感覚”で説明されてきた技術論に客観的な根拠を与え、より多くの人が理解しやすいものとした。回転数が多ければキレのあるボールとなり、打球速度が158キロ以上かつ発射角が26~30度であれば長打となる確率が格段に上がる。どうしてその結果が得られるのか、理由が明確になった。

だが、同時にデータや数字に囚われ過ぎる傾向が生まれているのも事実だ。時速160キロのストレートが投げられるのも、長打が打てるのも1つの個性。それが万人に当てはまる正解やゴールにはならない。それでは、最新機器で計測したデータを自分の成長材料として有効活用できている人はどれだけいるのだろうか。

「正直なところ、本当にデータを活用できているのは、プロの中でもトップレベルにある一流選手くらいだと思います」

そう語るのは、筑波大学体育専門学群の川村卓准教授だ。

「例えば、そういう一流の投手はボールを投げて『今の回転はあまり良くなかった』と感じて、実際に計測した数値を見ると『なるほど、もう少しこうしよう』と考えられる。あるいは『今のは回転が良かった』と数値を見ると、回転数が上がっていたり、回転軸に変化があったり。そういった感覚を持っている人は、自分でデータを活用することができるでしょう。

ただ、一流選手がデータを活用する様子を見て『自分も使ってみよう』と取り組む人が多いと思いますが、その場合はしっかり活用法を知っている人がついていないと、逆におかしくなってしまうことがあると思います。データは使い方次第で、毒にもなるし、宝にもなりますから」

動作解析の第一人者として広く知られる川村准教授は、同大学の硬式野球部監督として現場にも携わる。学生時代からバイオメカニクスを用いた研究を進める中で強く感じたのが、「論文のための研究ではなく、実際の現場で役に立つ研究をしよう」ということだったという。

「バイオメカニクスは、基本は表面に出ていることの中身・仕組みについて説明する学問です。僕が学生の頃、野球はまだまだでしたが、他の競技では動作解析が少しずつ現場に活用され始めていました。でも、選手ファーストじゃないんですね。論文や研究のための分析になっていて、分析する人がデータの持つ意味を選手に分かるように説明できない。そこで30代の頃に一緒に研究をしていた島田(一志・金沢星稜大教授)とも、選手や指導者の役に立つ研究をしていこうと話していました」

川村准教授が最も大切にする「カウンセリング」作業とは

研究者、そして指導者としての側面を持つ川村准教授は、実際データをどのように使い、選手が成長するサポートをしているのだろうか。

まず行うのは、選手の投球動作や打撃動作を解析し、投球フォーム上やバッティングフォーム上の長所と短所をリストアップすることだ。なぜそういう風になっているのか、どういう方向を目指すことができるのか、選手が多角的に考えるきっかけを提示している。

「選手は自分がやっている動作の感覚はあるのですが、その動作を客観的に理解できていないことがあります。つまり、自分の良さや特性を分かっていないことが多いのです。そこで動作解析をしてデータという客観的に考える材料を元に、選択肢を提示しています。選択肢というのは、メリットとデメリットです。

例えば、ホームランバッターになりたいと選手から依頼があったとした時に、その適正をみていきます。しかし、その選手がホームランバッターに適したスイングをしていないとすれば、スイング自体を変えるトレーニングを勧める場合もありますし、適正はアベレージバッターにあるのだからそのままでもいいのでは、という選択もあります。すべてにメリットとデメリットがあるので、僕らは『こちらに進むとこういうメリットがあるけれど、こういうデメリットもあります』という選択肢を伝えて、最終的に選手が進みたい方向を選ぶ手助けをしています」

こんな例があるという。打撃では、変化球に対応するため膝を曲げてボールを捌くなど、脚の柔軟性が必要になってくる。だが、俊足の選手の中にはスイングをする時に踏み出した脚が真っ直ぐ伸びきってしまう選手がいるという。膝に柔軟性がなくなれば、縦に変化するボールへの対応は難しくなり、空振りが増える。

「すごく足の速い選手の場合、筋肉の反応が良すぎて、体のどこかに力が入ると脚がすぐに伸びきってしまうんですね。運動指令の伝達が速いのは長所ですが、バッティングに置き換えるとそうとも言えない。では、打席で柔軟で対応できるようにしようとなると、走る時にパッと瞬間的に出ていた力が十分に出なくなってしまう。どちらを選んだらいいのか。そこを一緒に考える作業にかなりの時間を割いています」

動作解析=データの分析・提示、と思われがちだが、川村准教授が最も大切にしているのは「カウンセリングの部分ですね」と話す。

「動作の分析はほとんど機械がやってくれますし、そんなに難しいことじゃない。大切なのは、データを参考にしながら、どういう方向性に進みたいか、そのためにはどんなトレーニングをしていけばいいのか、それぞれの選手やコーチと話し合い、実践する作業です」

データを野球に活用する時は「木を見て森を見ず、になってはいけない」

これまで蓄積された膨大な動作解析のデータから、球速を上げるためには何をするべきか、大まかな方法論=メカニクスは見えている。だが、その方法論を万人に対してそのまま実践すればいいのかと言えば、そういう訳にはいかない。

例えば「下がっている肘を高く上げよう」と言った時、肩甲骨や肩関節の動きの悪い人が無理に上げ続ければ怪我に繋がってしまう。その場合、まずはトレーニングで肩甲骨や肩関節の動きを良くした後で、肘を高く上げるという動作に移る必要がある。そこで、川村准教授は同大学に集まる専門家でプロジェクトチームを作り、動作解析で得たデータを参考にしながら、選手の体に合ったトレーニングをしたり、選手の体が持つポテンシャルを引き出したり、目指す結果を得るために必要な土台=体作りから実践している。

もちろん、体作りから取りかかるとなれば時間が掛かるが、土台作りを疎かにしないのには理由がある。川村准教授は「僕らもいっぱい失敗をしているんです」と、バツが悪そうに振り返る。

「初めの頃は、動作解析から見えてきたメカニクスを、そのまま学生にやらせてみたこともあります。実際に球が速く投げられるようになって、みんなで喜ぶ。でも、2週間くらい経つと学生が『肘が痛い、肩が痛い』と言うんですね。その理由は2つあって、1つはその球速に耐えうる体が出来上がっていないということ。体が出来上がっていないのにメカニクスが良くなったので負担がかかってしまった。もう1つは、球速が上がったことを喜んで、今までにないくらいたくさん投げるようになってしまった(笑)。こういう失敗を何度か繰り返し、今に至っています」

自身が経験した失敗を踏まえながら、川村准教授はデータを野球に活用する時は「木を見て森を見ず、になってはいけない」と警鐘を鳴らす。

「球速が上がったとしても、それで怪我をしてしまったら意味がない。“今”だけではなく、継続して長い目で見ることが大事だと思います。特に、ピッチャーもバッターも瞬間的に体を動かすので、いかに体の動きが習慣化されたものとして身についているかが大事になってくる。そうなると、野球の練習以外の動きも実はすごく重要になってくるんですね。

データや科学は使い方次第。僕もそれだけを鵜呑みにしているわけではなく、1つのツールとして使っている感じです。データから見えた選択肢を示しながら、カウンセリングで選手の感覚にアプローチする。使い方次第で、科学は毒にもなるし宝にもなる。そういったことも、私たちはもっと伝えていかないといけないですね」

誰でも手軽にデータが手に入るようになった今、選手や指導者がデータに支配されることなく、いかに主体的に使いこなしていくかが、大きなカギを握ることになりそうだ。(佐藤直子 / Naoko Sato)

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