あいさつでなく肉声を

 米大リーグで活躍したイチローさんは現役の頃、独特の言い回しで心に残る言葉を残した。その一つ。〈僕は天才ではありません。自分がどうしてヒットを打てるか説明できるからです〉▲どうしたら打てるのか。考え抜き、試行錯誤し、努力したからこそ今の自分がある。ぎりぎりと奥歯をかみしめる音が聞こえるような“肉声”に違いない▲立て板に水でなくていい。国民の多くが聞きたいのは、心と体から発せられる弁舌ではないかと、この国のリーダーの言葉に触れるたびに思う▲原稿の棒読みにすぎないと、菅義偉首相は素っ気ない演説をよく批判されてきた。助言もあったのか、緊急事態宣言を延長した先日の会見では「日々悩み、考えながら走っている」と本音らしい言葉も発している▲「発信力」を意識したのだと察するが、私たちにまっすぐ目線を向け、じっくり話し掛けていると感じた国民はさて、どれほどいるだろう。ドイツ・メルケル首相の昨年12月の演説は名高いが、たびたび「私は○○する」と言い切り、覚悟に満ちていたと評される▲菅首相は先月、会見を「私からのあいさつとさせていただきます」と締めくくった。時として「来賓あいさつ」と皮肉られる弁舌を、どう肉声として伝えるか。国難を乗り切るための、これも試練の一つだろう。(徹)

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