【藤田太陽「ライジング・サン」(25)】プロの世界は技術で勝負です。今の時代は先輩から簡単にボールの握りや経験を教える場面も見られますが、昔は違いました。
後輩とはいえライバル。チームメートだけど商売敵。そんな時代です。僕が阪神で若手として在籍したころ、川尻哲郎さんや藪恵壹さんにお世話になりました。同じ右の先発タイプの投手です。
ただ、藪さんは野球の技術や感覚の話になるといつも「俺が引退するときに教えてやるわ。今はそれを教えるとライバルになるから教えないよ」と言われたものです。それが普通だと思います。
逆に川尻さんは全部、教えてくれてしまうんですけどね(笑い)。僕からするとあの2人は、先輩として同じチームのエースクラスとしてずっと見てましたね。
川尻さんのすごさは軟投派に見えると思うんですけど、キャッチボールをしたらわかります。球の軌道とか重さとか。1998年にはノーヒットノーランも記録している。それだけの投手であることがわかります。
実戦での投球を見ていると、これだけしか曲がっていないのに、打者があんなに崩されるのはどうしてなんだろうという思いで見ていました。
僕は阪神に在籍していたときは、変化球を大きく変化させたり、思い切りタイミングを外させることを重視していました。でも、いい投手は小さい変化を上手に使う。これは実は昔から一緒ですね。
今はカットボールも一般的ですが、昔は「真っスラ」と呼んでいた。ツーシームも昔は「ナチュラルシュート」とか言ってましたよね。そういうボールを投げ分けて、緩いボールも使って抑える。そういうところですね。
そういった部分のコツを質問すると「ピュッと投げるんや」とか言われるんですよ。僕らは道具を使うわけではない。全部、自分の右手を使う。「ピュッじゃわかんないんだよ」と悩んだものです。
じゃあどうやって投げるんだ。そういうところが自分は浅かったですね。コツというものは実際につかめばあるんです。確かにおっしゃるように「ピュッ」なんですよ。
でも、投げられないほうからすると、わからない。こういうものって、意識と無意識の感覚のはざまで投げることを繰り返してつかむことができるんです。無意識のうちに意識したことをやらないといけない。
リリースの瞬間の0・0何秒もない間の感覚じゃないでしょうか。その中でどうやってその変化、その縦回転の強いスピンを起こすことができるのか。今の僕はその教える方をやっているんですけどね。難しいですね。
現役時代は悠長なことは言っていられません。プロは結果です。ゆっくりやっていると次から次へすごい素材が入団してくる。しかも即戦力のプロの投手が入ってくる。そんな中で僕は確固たる技術を身につけることができず「アレ、アレ、アレ」ってなってました。
あと、これはずっと僕の投手人生にはついて回ってくるのですが、ヒジが痛かった。それが大きかったです。
プロ入りからつまずき、手術も経験し、技術的にも自信を持てない。それでも自分は努力を続けることに苦はなかったんです。
これは自慢できることなんですが、誰よりも早くグラウンドに来て誰よりも遅くまで練習をする。現役のスタートから最後まで怠ったことはないと言えます。
行動は結果へつながります。時間はかかりましたが、ようやく僕もプロの投手として、自分のスタイルに気付くタイミングが訪れます。
☆ふじた・たいよう 1979年11月1日、秋田県秋田市出身。秋田県立新屋高から川崎製鉄千葉を経て2000年ドラフト1位(逆指名)で阪神に入団。即戦力として期待を集めたが、右ヒジの故障に悩むなど在籍8年間で5勝。09年途中に西武にトレード移籍。10年には48試合で6勝3敗19ホールドと開花した。13年にヤクルトに移籍し同年限りで現役引退。20年12月8日付で社会人・ロキテクノ富山の監督に就任した。通算156試合、13勝14敗4セーブ、防御率4.07。