名将は3年連続で… 阪神17年ぶりの屈辱、12度の最下位の戦績や監督は?

阪神・金本知憲監督【写真:荒川祐史】

2001年以来の最下位が確定、常に強豪チームの一角を占めていた阪神

 阪神タイガースは10月8日のヤクルト戦で5-6と負けて、2018年シーズンのセ・リーグ最下位が決まった。阪神の最下位は2001年以来17年ぶり。通算で12度目となった。

 阪神は1950年の2リーグ分立後、セ・リーグでは最後まで最下位を経験しなかったチームだ。

◯セ・リーグ球団が最初に最下位になった年

広島 1950年
松竹 1952年(のち大洋と合併)
ヤクルト 1953年(国鉄、サンケイ含む)
DeNA 1954年(洋松、大洋、横浜含む)
中日 1964年
巨人 1975年
阪神 1978年

 常勝と言われ、空前のV9を達成した巨人は、長嶋茂雄が監督に就任した1975年に最下位に転落。この時点ではライバルの阪神は最下位を経験していなかった。阪神は優勝回数こそ少ないが、毎年のように巨人や他のライバルチームと優勝争いを繰り広げた。常に強豪チームの一角を占めていたのだ。

 阪神の12回の最下位の成績を見ていこう。差は首位とのゲーム差。()は監督。

2018年(金本知憲)
140試60勝78敗2分 勝率.435 差20.5

2001年(野村克也)
140試57勝80敗3分 勝率.416 差20.5

2000年(野村克也)
136試57勝78敗1分 勝率.422 差21.0

1999年(野村克也)
135試55勝80敗0分 勝率.407 差26.0

1998年(吉田義男)
135試52勝83敗0分 勝率.385 差27.0

1996年(藤田平→柴田猛)
130試54勝76敗0分 勝率.415 差23.0

1995年(中村勝広→藤田平)
130試46勝84敗0分 勝率.354 差36.0

1991年(中村勝広)
130試48勝82敗0分 勝率.369 差26.0

1990年(中村勝広)
130試52勝78敗0分 勝率.400 差36.0

1988年(村山実)
130試51勝77敗2分 勝率.398 差29.5

1987年(吉田義男)
130試41勝83敗6分 勝率.331 差37.5

1978年(後藤次男)
130試41勝80敗9分 勝率.339 差30.5

平成以降は長い低迷期で「暗黒の時代」に

 阪神は1985年、21年ぶりにリーグ優勝。関西地方を中心に一大ブームを巻き起こしたが、2年後には最下位に転落。吉田義男監督が退任。平成以降は阪神ファンから「暗黒の時代」と呼ばれる長い低迷期に入った。

 この期間に監督はめまぐるしく変わった。吉田義男、村山実、藤田平という阪神を代表する野球人、そして名将・野村克也も最下位を経験している。しかし、2002年に星野仙一が監督に就任して大型補強を行ってからはV字回復し、2003年には18年ぶりのリーグ優勝を飾った。この年にFA権を行使して広島から移籍し、中軸打者として大活躍したのが現監督の金本知憲だった。

 今季の阪神は、1強5弱と言われ、広島が独走する中で、シーズン終盤までCS進出の可能性を残していた。しかし、天候不順の影響で中止になった試合が終盤に集中的に振り替えとなり、10月は1日から10連戦という強行軍に。10月8日時点で1勝7敗と急ブレーキがかかってしまい最下位に転落。同情の余地がある最下位ではあった。

 とは言え、生え抜きの20代の若手選手が主力になっている広島との差は歴然としている。短期的な視線ではなく長期的に若手を育てていく方針が必要なのではないだろうか。(広尾晃 / Koh Hiroo)

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