コロナ抑え込みに成功したタイが大混乱。解除されない非常事態宣言、一体なにが?

タイで19日、国立タマサート大学を中心に開催が計画されている反政府集会を巡り、緊張が高まっています。主催者側の学生団体などによると、約4万人の参加が見込まれており、2014年のクーデター以降、最大規模の反政府集会となる見通しです。

すでに大学側は開催を許可しない旨を発表しており、開催を強行する学生と警備に当たる警官隊との衝突が起きた場合、流血の惨事へと発展する危険性を孕んでいます。一部では、軍部によるクーデターの引き金になるのではないかとの見方もあり、今後数日間、この情勢から目が離せません。

コロナ禍によりアジア通貨危機(1997~1998年)以来の景気後退に見舞われる中、タイ国内では何が起きているのでしょうか。


コロナの抑え込みにいち早く成功

タイでは、3月後半に新型コロナウイルスによる感染が急拡大しました。しかし、3月末の非常事態宣言、4月初めの夜間外出禁止令の発令などによるロックダウンの効果もあり、5月以降は感染拡大が収束しています。

今月3日、およそ100日ぶりに市中感染が確認され、足元第2波に対する警戒が高まっていますが、これまでにプロサッカーチームで外国人選手1人の感染が判明した以外は市中感染が報告されていません。14日時点の累計感染者数は3,457人、死者58人にとどまることから、東南アジア主要国において、タイはベトナムに次いで新型コロナの封じ込めに成功している国と言えるでしょう。

感染拡大の沈静化を受け、政府は5月以降、経済活動の制限を段階的に緩和しました。6月半ばには夜間外出禁止令も解除するなど、早期に経済活動を正常化しています。ただ一方で、当初5月末までとしていた緊急事態宣言については、度重なる延長の末、現在に至るまで継続されています。

コロナ禍に便乗した軍政回帰?

政府は非常事態宣言を延長する理由について、第2波や感染拡大が続く海外からの感染者の流入に迅速に対応するためとしています。しかし、「迅速な対応」は既存の法律でも対応できることから、強権維持に利用しているとの批判も上がっています。

現在のプラユット政権は、昨年、8年ぶりに実施された総選挙を経て発足しました。しかし、2014年の軍事クーデターを主導し、約5年におよぶ軍事政権を率いてきたことから、軍の影響力を色濃く残す政権でもあります。

そのような中、2月には当時、野党第2党で反軍政を明確にし、若者の人気を得ていた「新未来党」を解党に追い込みました。また、お膝元の最大与党「国民国家の力党」では内紛が勃発しています。

7月には、軍事政権時代から経済政策を一任してきたソムキット元副首相やウッタマ元財務相兼元党首ら、民間出身の閣僚が続々と失脚しました。これにより元陸軍司令官のプラウィット副首相が新党首に就任するなど、より軍政色が強まっています。

不満の矛先は王室へ

軍政回帰ともとれる流れに若者を中心とした国民の不満が爆発し、連日の反政府集会へとつながっています。当初はプラユット政権の退陣や新憲法の制定、総選挙が訴えられてきましたが、8月に入り先鋭化。矛先は王室へと向かっています。

8月中旬に開催された反政府集会では、学生団体によって10項目にわたる王制改革の要求が打ち上げられました。

議会制民主主義でありながらも、国王が事実上その上位に立つタイ式民主主義において、王室批判は最大のタブーとされています。実際に、刑法112条において、王室を中傷、侮辱した場合、1件あたり3~15年の禁固刑が処せられるとあるように、タイには世界的にみても極めて厳しい不敬罪があります。

一方で、2014年のクーデター以降、王室と軍部の関係は緊密化し、国王の権限が強化されている点が国民の反発を買っているようです。

非常事態宣言に基づいてプラユット首相が布告した規定のひとつに「集会の禁止」がありますが、その目的は新型コロナの感染抑止ではなく、反政府集会封じではないかと見られているのです。

観光立国に大ダメージ

タイの2020年4~6月期の実質GDP成長率は、前年同期比-12.2%と、アジア通貨危機時以来の落ち込みとなりました。コロナ禍のロックダウンや米中通商摩擦、干ばつなどが重なり、幅広い産業で成長率が大幅に減少しましたが、特に厳しいのが観光産業です。

タイはGDPに占める観光収入の比率が20%近くを占めるなど、アジアの中でも観光産業への依存度が高い国のひとつです。2019年にタイを訪れた外国人旅行者は3,979万人と過去最高を記録しましたが、コロナ禍により状況が一変。1月は前年同期比2.5%増、2月は同43%減、3月は同76%減、4月以降は国際線の運行停止によりゼロとなっています。

8月にタイ政府観光庁は、入国規制が年末まで続けば、今年の外国人旅行者数は700万人にとどまるとの予測を示しました。

世界各国での第2波、第3波の発生などからインバウンドの需要回復が見込みづらい一方で、タイは7月以降、日本など特定の国を対象にビジネス目的の渡航者の受け入れを開始しました。しかし、反政府運動の激化や軍政回帰の動きは、対内直接投資を踏みとどまらせる可能性があり注意が必要でしょう。

<文:市場情報部 北野ちぐさ>

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