日本一を達成した落合監督が感激の〝ガンダム聖地〟訪問

ガンプラ工場を見学する落合監督(2008年1月15日)

【球界平成裏面史・落合監督のガンダム愛(1)】平成19年(2007年)11月1日、落合中日は日本シリーズで日本ハムを4勝1敗で破り、53年ぶり2度目の日本一に輝いた。「感無量ですね。昭和29年からですからね。まだわたしが(生後)11か月のときですから。長かったですね」。4度宙を舞った落合博満監督は日本一監督となったお立ち台で感慨深げに語った。

8回までパーフェクト投球の山井を9回、守護神・岩瀬にスイッチするという前代未聞の継投は賛否両論を巻き起こしたが、あくまで日本一にこだわったオレ流。そんな落合監督に、頂点に登りつめてから2か月半後の平成20年1月15日、最高のプレゼントが贈られた。機動戦士ガンダムシリーズを製作しているサンライズ社と玩具メーカーのバンダイから静岡市にあるガンプラ(ガンダムのプラモデル)の生産工場「バンダイホビーセンター」に信子夫人、長男の福嗣さんともども招待されたのだ。

落合監督は大のガンダムファンで知られ、和歌山県にある落合記念館には落合監督と福嗣さんが作ったガンプラが何十体も飾られている。シーズン中も遠征先でアニメ雑誌を購入し、平成19年10月放送開始の「機動戦士ガンダムOO(ダブルオー)」の情報をチェック。「今度のガンダムのデザインはSEEDとは違って『コードギアス・反逆のルルーシュ』のメカ・デザインを担当した人がやるらしいぞ」と、かなりマニアックな情報を仕入れて福嗣さんに披露していたという。

「機動戦士ガンダムOO」では主人公の刹那・F・セイエイのライバルであるグラハム・エーカーというキャラクターが大のお気に入りで、信子夫人から買い物を頼まれた際には「望むところだと言わせてもらおう」と、このキャラクターのセリフを使って答えていたほどだ。

東スポでは平成19年シーズン中に落合監督のガンダム愛エピソードを何度も報じたが、本紙報道によって落合監督が大のガンダムファンであることを知ったサンライズ社は大感激。そこでバンダイと協力して日本一のお祝いとして落合ファミリーをガンダムの聖地へ招待することになったのだった。

ホビーセンターの玄関を入ると両サイドにはショーケースがあり、これまでに発売されてきた歴代のガンプラがズラリ。工場で働く従業員は全員「機動戦士ガンダム」に登場する連邦軍の制服姿で〝ガンダム愛〟にあふれた施設の雰囲気に落合監督も信子夫人も福嗣さんもウキウキだった。

中日が日本一になった記念に自身の背番号と同じ「66」や中日ドラゴンズの「CDマーク」がプリントされた世界に1つだけのガンダム・エクシアの特別仕様プラモデルをプレゼントされたオレ流指揮官は「ガンダムの魅力は戦争をしちゃいけないということ。見ている子供も最終的に戦争はいけないというところに行き着く。ガンダムを通じてうまく伝えていると思う」とガンダムへの思いを熱く語ったが、その表情はシーズン中には見せたことのないような笑顔であふれていた。

「よかったな、来て。面白かった」。帰りのタクシーの中で、落合監督は信子夫人と福嗣さんに何度もこう語っていたという。ガンダムに囲まれて最高のスタートを切ったかのように思えた平成20年だが…。この後に「愛するガンダムとの別れ」「日本球界から総バッシング」という中日指揮官時代最大の苦難を味わうことになろうとは、この時点でまだ知る由もなかった。

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